茶碗蒸し

 

卵は好きですか? 現代の日本人は鶏卵をよく食べているようです。日本卵業協会の2011年の調査データでは、メキシコに次いで日本は世界第二位の年間消費量だそうです。確かに生卵、ゆで卵以外にも、洋菓子やマヨネーズなどいろいろな形で多くの量を消費していますね。

 

しかし、昔の日本人はあまり卵を食べませんでした。肉食同様の殺生感があったからか、奈良時代の文献『日本霊異記』などには、卵を食べたため恐ろしい報いを受けるといった話が紹介されているくらいです。

 

江戸時代になると卵料理の『料理物語』という本が登場しました。例えば「卵ふわふわ」という料理は、溶いた卵を出し汁と煎酒、たまりで調理して蒸したもの。「まきかまぼこ」は卵焼きに魚のすり身を塗って焼き、これを茹でたもの。「玉子はす」とは、今日の辛子蓮根のようなもので、溶いた卵黄を蓮根に流し込んで蒸したものでした。手の込んだ料理の数々が取り上げられました。

 

しかし、いくら卵料理の本が出たといっても、卵は庶民には高根の花で、特権階級や一部の商家などの食べ物だったのです。庶民が食べられるようになったのは、明治時代になってからでした。

 

昔の卵料理の知恵が今日に伝わる代表の一つに茶碗蒸しがあります。
茶碗蒸しの歴史を調べていましたら、長崎の老舗料理屋「吉宗(よっそう)」にたどり着きました。同店のHPを見ると茶碗蒸しの歴史として以下のように書かれています。

 

伊予松山の藩士であった吉田宗吉信武は、出入りしていた長崎の肥後屋敷で初めて茶碗蒸しを食し、こんなに美味しい料理があるのかと感動したそうです。そして1866(慶応2)年、ついに宗吉は「吉宗」の屋号で長崎市万屋町に茶碗蒸しと蒸し寿司の専門店を開業しました。当時、近所の魚市などで働く忙しい人々のため、手軽でうまい食事を提供しようと、茶碗蒸しと蒸し寿司の2碗をセットにして“夫婦蒸し”として売り出しました。以来、長崎を代表する庶民の味として親しまれているといいます。

 

長崎といえば卓袱料理が有名ですね。1689(元禄2)年、長崎に唐人屋敷が設けられ、そこの唐人料理から卓袱料理が生まれました。その献立の一つであったのが茶碗蒸しだそうです。

 

今も中国に行くと出てくるメニューに「蒸蛋(ジェンダン)」という蒸し卵を意味する名前の料理があります。上から薄く醤油のようなものがかかっていて、日本の茶碗蒸しよりも少し油っぽい感じです。このように茶碗蒸しの源流は中国で、それが長崎へ伝わり和風に進化していきました。

 

さて、日本の茶碗蒸しの作り方ですが、卵のタンパク質を熱により上手に固めることが大切です。卵が水を包み込んで全体をやわらかに固める必要があり、そのうえ口に入るとさらりと溶けるものを作るのですから、そう簡単ではありません。出しの量と温度加減がコツなのです。

 

ふんわりと柔らかな卵の感触に対して、ギンナン、鶏肉、エビ、かまぼこといった対照的な歯ごたえと色彩豊かな具を加える日本人の知恵、日本料理の妙味が感じられますね。

 

【参考資料・web】

「食と日本人の知恵(著:小泉武夫)」岩波現代文庫
元祖茶碗蒸しのお店 吉宗HP
日本茶碗蒸協会HP