仁和寺(にんなじ)の創始は光孝天皇の勅願で仁和2年(886年)に寺の造営が開始されたのを始まりとしています。しかし翌年、道半ばにして光孝天皇が崩御、次代の宇多天皇がその遺志を引き継ぐと、仁和4年(888年)には早くも造営が完成、寺号も当初は「西山御願寺」としていたのを、完成を機に時の年号をとって仁和寺としました。
その後、宇多天皇は譲位し出家、法王として境内の一角に自らの住房(室)を構えて以後は、残り30余年もの間、この地で真言密教の修行に励んだと言われています。
宇多法王が寺院の一角に居を構えたことで別名「御室御所」などとも呼ばれるようになった仁和寺ですが、その後も皇族や貴族の手厚い保護を受け続け、少なくとも明治時代に至るまでは歴代の法王や親王たちが住職を務めるいわば門跡寺院として存在していました。
それゆえか宮中の祭祀や儀礼に係る多くの技術や才が仁和寺から輩出され、とりわけ作庭の類に関しては、仁和寺の石立僧(いしだてそう)が各所で多くの名庭を作り上げれば、その種の理論書、技術書が仁和寺より後世に伝わりもし、それらを考えれば作庭の技が本坊(歴代門跡が居を構えた空間)の宸殿(しんでん)に広がる南北二つの庭に結実しているのは決して不思議なことではないのでしょう。
寺の玄関口二王門を抜け、少し進むと左手に勅使門が見えてきます。大正2年に竣工され、その屋根は前後を唐破風、左右が入母屋造の檜皮葺にて設計されていますが、殊に彫刻装飾が素晴らしく、鳳凰の尾羽根や宝相華(ほうそうげ)に唐草模様の牡丹など、設計者である亀岡末吉の細部へ凝らした意匠が目を引きます。
ちなみに勅使門は本坊の正式な門とされていますが、使用できるのは昔の名残か皇族のみとなっており、それ以外はその横にある本坊表門から中へ入ることになります。
二王門。高さは18.7mで正面の左右に阿吽の二王像、後面には唐獅子像が安置されています
参道
本坊の中心的建物とされている宸殿では儀式や式典などの公的行事が催されていました。現在のものは明治20年の焼失を経たのち大正3年(1914年)に竣工されたもので、設計者は勅使門と同じく亀岡末吉。構えは入母屋造の檜皮葺、内部は付書院を儲けた書院造で、透かし窓や欄間の造作に近代的な感覚を取り入れています。そして先に述べたように宸殿の縁からは技術の粋を極めた二つの対照的な庭を眺めることが出来ます。
宸殿の北側に広がる北庭は池泉式の自然が特徴で、斜面を利用した滝組と池泉の水面の輝きが目にまぶしく、樹木の奥にはひっそり茶室の飛濤亭(ひとうてい)が建ち、葉群れに顔を覗かせる五重塔も雅な背景に程よいアクセントとして効いています。なお現在のものは寛永復興期の作庭で、明治20年の火災でひどく荒れはしたものの、本坊再興期に七代目門跡小川治兵衛の手によって整備され現在に至っています。
一方、宸殿の南東に広がる南庭は敷き詰められた白砂とその上に幾つかの松や杉が配されただけの実に簡素な庭となっています。どこか龍安寺の石庭を思わせる隙間の多さは、砂の白と木々の緑のコントラストも重なり個々の想像を大いに刺激してくれますね。
また南庭の縁、宸殿の廊下の間近い場所には「左近の桜、右近の橘」の言葉の由来ともなった桜と橘が植えられています。いずれも歴史的には非常に貴重なものですので遠目に南庭の全景を堪能した後は忘れず桜と橘も観賞してみてくださいね。
南庭。宸殿からの眺め
北庭。霊明殿からの眺め
「ねぶたさの 春は御室の 花よりぞ」
与謝蕪村
中門を抜けてすぐの西側一帯には「名勝御室桜」と称する二百本余りの桜の林が広がっています。色は白く、低い位置から花を咲かせることから古来より
「わたしゃお多福、御室の桜、はな(鼻・花)が低ても人が好く」などと庶民に詠まれ親しまれてきました。寺誌によれば寛永年間(1661~73)には、後水尾上皇をはじめ宮廷関係者が続々と桜の観賞に訪れたと伝えられています。その噂がやがて京の町にも伝わり、いつの頃からか庶民の間でも時節になれば連れだって仁和寺へ赴く者が増えたのだそう。また御室桜はとりわけ遅咲きの桜として知られています。各地の桜がピークを過ぎる頃にようやく花を咲かせる性質上、例年古都の春の最期を飾る桜として重宝されているようです。
御室桜。桜の季節には一帯がピンク色に染まります
中門。向かって左側に西方天、右側に東方天が安置されています
仁和寺に来るとついつい御室桜と本坊の庭に時間を費やしてしまいますが、美麗な景観で活力がみなぎったならば、ぜひとも寺の裏手にある御室八十八カ所霊場にもチャレンジしてみてください。およそ3キロにわたる山道には弘法大師を祀ったお堂(札所)が点在し、巡ることで特別なご加護が感じられるパワースポットとなっています。
五重塔。塔身32.7m、総高36.18mで大日如来などが安置されています
金堂。本尊の阿弥陀三尊が安置されています
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アクセス
京都府京都市右京区御室大内33
TEL 075-461-1155
京福電鉄御室仁和寺前下車徒歩2分、JR嵯峨野線花園駅下車徒歩15分
http://www.ninnaji.or.jp/
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