豊臣秀吉誕生の地で出世開運!〜名古屋市中村区・豊國神社

尾張三英傑の一人、豊臣秀吉を祭神とする豊國神社(とよくにじんじゃ)。同名あるいは同字(「ほうこく」と読むところもあり)の神社は全国各地に鎮座していますが、名古屋は秀吉の生地に当たるところとして特に知られ、京都市東山区、大阪市中央区、滋賀県長浜市の豊國神社とともに「豊國四社」と呼ばれています。

 

豊臣秀吉は天文6年元旦、尾張の中村で生まれました。明治17年(1884)、「生地として秀吉を祀る神社を創建すべき」との動きが、当時の県令(県知事)国貞廉平をはじめ地元の崇敬者たちによって広まり、明治18年(1885)に創建されました。農民の子に生まれ、後に天下人まで昇りつめた秀吉ですから、御利益は何と言っても出世開運。そのほか、茶道や建設などの文化、また正室ねね(おね)との恋愛結婚にちなみ縁結びの神としても親しまれています。

 

豊国神社の鳥居。広い参道を歩いて行くと正面に見えてくる

 

秀吉の馬印として知られるのが千成り瓢箪。手水舎の水が出る部分もひょうたんの形

 

社殿はこじんまりしており、意外に思う人もいるかもしれません。しかし、狭い空間ゆえに却って落ち着きと清らかさが感じられ、身が引き締まるようです。拝殿向かって右側に掲げられている秀吉の肖像画はよく知られたもので、白い直衣(のうし:公家の衣服の一種)に唐冠(とうかん:中国の冠を模したかぶり物)、右手に扇を持っています。

 

社殿正面。こじんまりしているところが親しみやすさを感じさせる

 

八幡社。名古屋城築城の際、清正によって大木が伐採されたという言い伝えもある

 

また、鳥居に向かって左側に奉納されている「夢」という大きな書にも目を引かれます。秀吉と「夢」と言えば「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」という辞世の句。「自分の人生は朝露が消えるような、夢の中で夢を見ているようなはかないものであった」といった意味ですが、ここでの夢は、そのようなむなしいものとは全く違います。「秀吉が叶え続けた夢の如く、大きく堂々たる夢」を表し「秀吉の夢に、また自身の夢に思いを馳せてほしい」との願いが込められているそうです。ちなみに、神社には夢を叶えるための「夢御守」もあります。一つ、身につけてみてはいかがでしょうか。

 

豊國神社の創建に伴い明治34年(1901)、周辺に創設されたのが中村公園です。日本庭園や、秀吉にちなんだ「ひょうたん池」「関白池」「太閤池」などがあり、地元の人たちの憩いの場となっています。また史跡も多くあり、例えば豊國神社の北西にある八幡社は、加藤清正が出陣の際に必勝祈願をしたと伝えられる社。清正は幼いときから同郷の秀吉に仕え、数々の軍功をあげた武将です(名古屋城の設計などでも有名)。公園の東に隣接する妙行寺は清正が建てたもので、清正誕生地の碑と清正の銅像があるので、そちらにもぜひ足を伸ばしてみてください。

 

ひょうたんの形をした絵馬もあり、かわいらしくぶら下がっている

 

ひょうたん池。名前の通り、これもひょうたんの形

 

ほかにも、園内東には秀吉の産湯に使われたという井戸がある常泉寺、西には秀吉と清正が生きた時代を紹介する「秀吉清正記念館」など見どころいっぱい。歴史散歩を楽しめることでしょう。

 

豊国神社では旧正月1日に生誕祭が、5月中旬には例祭(太閤祭り)が行われます。特に太閤祭りでは、秀吉にちなんで子どもの成長と出世を願う「出世稚児行列」が盛大に繰り広げられるとともに、「太閤太鼓」の奉納もされます。また、毎月9の付く日は「九の市(くのいち)」。地下鉄・中村公園駅から豊国神社までの参道に露店が並び、多くの人たちでにぎわいます。

 

明治43年(1910)、当時皇太子だった大正天皇お手植えの松

 

豊公誕生地之碑(ほうこうたんじょうちのひ)。明治44年(1911)に建てられた

 

参道入口の目印、というよりも中村公園駅のシンボルとなっているのが「大鳥居」です。大正10年(1921)に中村が名古屋市に編入されたことを記念して計画され、昭和5年(1930年)に竣功式を執行。全長約24.5メートル、柱直径2.5メートルで、完成当時は日本最大の鳥居でした。今なお、名古屋の名所の一つとなっています。

 

日吉丸(ひよしまる)ら5人の子どもたちの銅像「日吉丸となかまたち」。日吉丸は秀吉の幼名

 

中村公園駅上にある赤い大鳥居。この辺り全体がパワースポットのよう

 

アクセス

名古屋市中村区中村町木下屋敷(中村公園内)
TEL 052-411-0003
地下鉄東山線「中村公園」駅下車、徒歩10分
詳しくは、下記公式サイトをご覧ください。
http://toyokunijinjya.main.jp/