花の御寺「長谷寺」

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長谷寺では2月8日から7日間にわたって催される修二会の法要の締めくくりに「だだおし」と称する行事が執り行われます。これは太鼓や法螺貝の激しい音が響く中、棍棒を手に廻廊を暴れ回る三匹の鬼を僧侶の加持祈祷や男衆の巨大な松明による火攻めで外へと追い出すもの。毎年多くの参詣者がこの火祭りを楽しみに寺へと訪れるようです。これに先立ち牛玉符(ごおうふ)と称するお札を購入した参詣者には無病息災を祈念して閻浮檀金(えんぶだごん)と呼ばれる宝印をその額に押してもらえますが、この宝印は長谷寺の開山である徳道上人(とくどうじょうにん)が養老2年(718)に頓死後、冥界にて閻魔大王より授かったものだとされています。その際大王が語った「観音霊場三十三所を巡礼するものは必ず救われ地獄に堕ちることはない。現世に戻って巡礼を勧めるように」とのお告げどうり蘇生した徳道上人は早速中山寺を訪れこの宝印を納めました。これが霊場三十三カ所巡礼の創始となり、長谷寺が西国三十三所観音霊場の第八番札所、日本でも有数の観音霊場として知られる端緒ともなりました。

 

仁王門前。門の両脇には仁王像、楼上には釈迦三尊十六羅漢像が安置されています

 

開山堂。開山の徳道上人が祀られています

 

この観音霊場を巡り歩く三十三カ所巡礼については既に平安時代中頃には身分や性の別なく大変な盛りを迎えていたようですね。その様子は今に名を残す王朝文学、日記などに記され、有名どころでは「枕草子」「栄華物語」「更級日記」などにも感情たっぷりに描かれています。例えば更級日記では菅原孝標女が参詣した長谷寺にて「あなたは宮中に上ることになる」とのお告げを受け、喜んだ女はその後も数日寺に参籠、すると三日目の明け方に霊験あらたかな稲荷の杉が投げ込まれてびくっとして夢から覚めた。あるいは「栄華物語」では長谷寺の僧が藤原道長は弘法大師の生まれ変わりである、との夢のお告げを受けたとあります。

 

おおよそどの作品を見ても長谷寺の不思議なお告げは夢の中でなされています。今でこそ夢の中の物語はほとんど一顧だにされずに忘れ去られていくものですが、昔の人は夢で見た情景や語らいを全て神仏の霊験と結びつけ今後の生きる指針として行動する習慣があったようです。源氏物語で紡がれ、紀貫之が歌を詠み、藤原道綱母もその参詣を宿願としていた長谷寺はまさに神仏に出会え、輝かしい奇蹟を獲得できる聖地として建っていたのかもしれません。

 

本堂。初瀬山中腹の断崖絶壁に懸造りされた南向きの建物

 

紀貫之故里の梅

 

その長谷観音信仰の象徴としてあるのが寺の本尊である十一面観世音菩薩。近江の国高島から流れ来た楠の神木を用いて仏師稽文会・稽主勲(けいもんえ・けいしゅくん)の手によりわずか3日で造り上げられたとされています。高さは10メートル、左手に水瓶(すいびょう)、右手に錫杖(しゃくじょう)を持ち、大磐石と呼ばれる平らな石の上に立つ姿をしていますが、これは地蔵の徳を併せ持ち、人々の願いに対しては全国津々浦々どこへでも救済に赴く姿勢を現しているようです。この独特な姿からとりわけ長谷寺の十一面観世音菩薩は「長谷寺式」として他と区別、認識されているようです。

 

小林一茶句碑。「我もけさ 清僧の部也 梅の花」と記されています

 

能満院へ続く参道。祀られる日限地蔵(ひぎりじぞう)は日を限って祈願すると願いが叶うとされています。

 

長谷寺の総門である仁王門を抜けて真っ直ぐ進んでいると初瀬山中腹に建てられた本堂へ登廊(のぼりろう)がうねるように続いているのが確認出来ます。これは平安時代の長暦3年(1039)に春日大社の社司であった中臣信清が子の病気平癒の御礼に造ったもので、現在では長谷寺の象徴的な建物となっています。仁王門から数えること399段の石段の途上には上から長谷型燈籠が吊るされるなど厳格な構造の中にも風雅な佇まいが目に優しく映ります。また所々で枝道が左右に伸び、繋屋手前の細道を右へ足を運ぶと長谷寺に伝わる国宝や重要文化財を収めた宗宝蔵が、さらにその先、繁る林の中へ入れば二つ仲良く並んだ二本(ふたもと)の杉を確認出来ますが、実はこれ「源氏物語」玉鬘の巻のエピソード中にも登場する歴史的には非常に貴重な杉の木なのです。残念なことに境内の端の目立たない位置にあるためか、足を止めて眺める方はいませんでした。しかし他の伽藍と同様、とても霊験あらたかな杉の木ですので訪れたならばぜひともカメラに収めておきましょう。

 

登廊

 

二本の杉

 

繋屋まで行き、なおも折れ曲がって上へと続く登廊を右目にそのまま真っ直ぐ嵐の坂と称する傾斜を登って行くと徳道上人を祀る開山堂の背景に五重塔が木々の葉越しにうっすら見えてきます。戦後日本で初めて建てられたとされるこの五重塔、その純和様式の整った形から別名「昭和の名塔」とも呼ばれているようですが、紅葉の季節では本堂の外舞台から眺める五重塔が素晴らしく、塔身の丹色、相輪の金色、檜皮葺屋根の褐色が背景山々の紅葉にバランスよく溶け込む様は実に絶景。他には初瀬の山から覗く本堂や五重塔を麓の本坊から仰ぐ眺めも筆舌に尽くしがたい味わいがありますので是非堪能してください。長谷寺が「花の御寺」と称する所以を深く心に感じられることでしょう。

 

五重塔(左)と三重塔跡に育った樹木(右)。三重塔は創立者の道明が長谷寺開山に先立ち建てたもの

 

本坊からの眺め

 

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アクセス

奈良県桜井市初瀬731-1
TEL 0744-47-7001
近鉄大阪線長谷寺駅を下車、徒歩15分
詳しくは、下記オフィシャルサイトをご覧ください。
http://www.hasedera.or.jp/
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