秋はモミジの永観堂「永観堂(禅林寺)」

永観堂は仁寿3年(853年)、文人歌人である藤原関雄(せきお)の建てた山荘敷地を空海の高弟であった真紹(しんじょう)僧都が購入し、当時住持であった歓心寺からこの地に五智如来を移し本尊としたことに起源を持ちます。真紹が真言宗の僧であったため当初は真言密教の道場として始まりました。そのため発足5年の後に発布された15カ条の「禅林寺式」では喫飯、外出において密教の教えの色濃く反映されたとても厳しい掟が定められました。そうした教えの方向性をガラリと大きく転換させたのが永観堂の由来ともなっている7世住持の律師永観の存在でした。

 

永観は文章博士の源国経の子として生まれます。11歳で禅林寺の深観に弟子入りし、南都六宗の教えを熱心に学んでいく中で、特に浄土教の流れをくむ三論宗に深く帰依するようになった永観は後には自らを「念仏宗永観」と名乗るほどに熱烈な阿弥陀信者となり、18歳からは日課として一万遍の念仏を称えたと言われています。住持となった永観が寺を真言の道場から念仏の寺へと様変わりさせたのもうなずけますね。

 

総門

 

大玄関。背景に見えるのが多宝塔

 

ところで永観と聞けば思い起こされるエピソードがあります。
永呆2年(1082年)、50歳になった永観が早朝日課の念仏行道(ぎょうどう)をしていると、突然阿弥陀如来が鎮座する須弥壇から下り立ち一緒に行道を始めるが、あまりの驚きに立ち止まり、行道を躊躇するばかりの永観を見かねて先を行っていた阿弥陀如来も立ち止まり首を左に回して
「永観、遅し!」
爾来、この像は別名「みかえり阿弥陀如来」と呼ばれるようになりました。

 

そのみかえり阿弥陀如来は永観堂の本堂である一重入母屋造の阿弥陀堂に安置されています。制作は平安時代後期から鎌倉時代初期の頃であるとされ、檜の寄木造の漆で塗られた顔は口を少し開けた柔和な表情をしています。永観遅しと振り返って声をかけたその時の面影をそのまま残しているようで、思わず見る側もほっこり表情を崩してしまう暖かさに満ちていました。

 

阿弥陀堂。現在のものは慶長12年(1607)に豊臣秀頼によって四天王寺から移築したもの

 

御影堂。永観堂最大の建造物

 

ちなみに永観堂では阿弥陀堂を始め、釈迦堂、御影堂、開山堂などの一大建築群は大玄関から入って靴を脱ぎ、廻廊を通って巡る形となっています。
阿弥陀堂でみかえり阿弥陀如来を見た後、浄土宗の開祖法然上人を祀る御影堂へ向かっていた折、開山堂へ通じるうねるような曲線を描いて傾斜する長い廊下が目に入りました。これは「画龍廊(がりゅうろう)」と呼ばれ、「禅林十二境」の一つに数えられるほど有名な建築で、龍が伏せたような形をしていることからこの名がついたようです。

 

またこの画龍廊から顔を下に向ければ「三鈷(さんこ)の松」と呼ばれるとても大きな松が植えられています。三鈷とはつまり「智慧」「慈悲」「まごころ」を表し、この葉を持っていると3つの福にあやかれるのだとか。

 

更には大玄関へ向かって廻廊を歩いていると入母屋造の釈迦堂に面した白砂の庭の南角に、枝ぶりのとても見事な梅の木が目に飛び込んできました。これは「悲田梅(ひでんばい)」と呼ばれる永観にとてもゆかりの深い木で、当時境内の一角に施療院(せりょういん)を建てた永観が病で苦しむ人々を救うべく、白く咲かせたこの梅の実を使って治療にあたっていたようです。

 

画龍廊

 

悲田梅

 

「奥山の いはがきもみぢ ちりぬべし てる日の光 みる時なくて」
                               藤原関雄

 

藤原関雄は漢詩をつくり、和歌を詠み、若干21歳の若さで当時難関と言われた文章生試(もんじょうしょうし)に合格するなど才能豊かな人物として人々の羨望の眼差しを受けていました。そんなありあまる才覚を持ち合わせていながら、しかし当の本人はというと長らく官途につかず、東山山荘で隠居生活を送るなど優雅な生き方を選択、そんな関雄を世間は「東山進士」と呼びますます尊敬の念が膨らんでいく中で、関雄は上記の歌を詠んだそうです。

 

夢庵からの眺め

 

極楽橋からの眺め

 

この歌に依拠する形で永観堂のモミジは通称「岩垣モミジ」と称されるようになり、秋はモミジの永観堂と言われるよう、晩秋には赤く染まった3000本のモミジが目に彩に映ります。境内どこから見ても目もくらむような紅葉に視線は釘づけとなるのでしょうが、とりわけ、大玄関の背後、何千本もの木々の合間から多宝塔が覗く景観、あるいは京の街を一望できる多宝塔から季節の色に染まった木々を眺望する絶景、そしてそれ以上に大玄関から30メートルほど歩いた場所にある夢庵からの眺めも素晴らしく、放生池(ほうじょういけ)にかかる極楽橋と弁天橋、それを飾るようにモミジやカエデが群生し、秋晴れの下、光を受けて燃え立つ葉先が秋の涼風で何千とそよぐ様は筆舌に尽くしがたい味わいを五感に刻んでくれることでしょう。

 

やすらぎ観音。見守るように側には永観堂幼稚園が建っています

 

与謝野昌子歌碑。「秋を三人椎の実なげし鯉やいづこ池の朝かぜ手と手つめたき」と彫られています

 

アクセス

京都府京都市左京区永観堂町48
TEL 075-761-0007
地下鉄東西線「蹴上駅」下車徒歩15分
詳しくは、下記オフィシャルサイトをご覧ください。
http://www.eikando.or.jp/