水墨画への高い敷居を取り除いてくれる、大阪・忠岡町の「正木美術館」

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大阪南部・泉州地域の忠岡という小さな町に、中世の水墨画コレクションにかけては他に類を見ない、稀有な美術館があります。個人コレクションを元に開館した小さな美術館ですが、所蔵品の数はなんと1200点。展覧会ごとに異なる作品が展示されたとしても、何年かかってもすべて見きれない量です。そのうえ、訪れたことがある人たちに聞くと、皆さん口を揃えて大絶賛。どんな魅力があるのかを確かめに、「正木美術館」を訪れました。

 

正木美術館では、45周年記念 2013年春季特別展「東西春淡々(とうざいはるたんたん)」を、6月23日まで開催しています。東西春淡々とは、室町時代の禅僧の漢詩の中の美しい詩句を引用して付けられたタイトルで、文字通り、“東にも西にも春が静かに満ちている”ことを意味します。そのタイトルにふさわしく、館内は春の情景を連想させる作品群で構成されています。

 

日本でいちばん面積の小さな町、大阪・忠岡町にある「正木美術館」

 

 

『蘭蕙同芳図(らんけいどうほうず)』(南北朝時代 14世紀)を見て、高橋館長の言葉が理解できました。春に咲く蘭と秋に咲く蕙が時間を超えて同時に咲き、かぐわしい香りを放っている図です。近くは濃く、遠くは薄く、墨の濃淡で遠近感が表現されているので、平面の紙に立体感が生まれ、モノクロームなのに、その中に彩りと香りまで見る者に感じさせるのです。
水墨画初心者にもわかりやすいこの図を描いた画家の玉?梵芳(ぎょくえんぼんぽう)は、京都の南禅寺の住職を歴任した15世紀初頭の有名な禅僧で、日本の初期水墨画壇にもその名をのこしているほどの人物だそうです。

 

水墨画以外の展示作品で、ふわりと春を感じられる作品を2点ご紹介します。
『半跏思惟像(はんかしいぞう)』(飛鳥時代 7~8世紀)は、飛鳥時代後期の像です。半跏とは半跏跌坐(はんかふざ)のことで、台座の上で坐禅をした足を片方おろし、組んだ足の膝の上に手をついて、その指先をそっと頬に添えて思惟(思考)している姿の像です。実はこの像、京都・丹後にある国分寺のご本尊・薬師如像の胎内仏(胎内に納置している小仏像)と伝えられる仏です。そうと知らずに見ても、何をそんなに思惟しているのかが気になるところですが、胎内仏と知ったらさらに興味がわいてきます。思惟している姿の愛らしさが、周囲にやわらかな春の空気が感じさせます。
製作された当初は、鍍金され輝きを放っていたはずのこの像は、14世紀に盗賊に奪われたのを皮切りに、兵火、盗難など数奇な運命を経て、昭和22(1947)年頃に正木美術館の創設者・正木孝之氏の手元に渡り、ようやく正木美術館で安住することができたのです。

 

『半跏思惟像』飛鳥時代 7~8世紀 正木美術館蔵

 

『扇面春山草花図』尾形乾山筆 江戸時代 18世紀 正木美術館蔵

 

『扇面春山草花図(せんめんしゅんざんそうかず)』(江戸時代 18世紀)は、琳派を代表する尾形光琳(おがたこうりん)の弟・尾形乾山(おがたけんざん)が描いた扇面です。江戸で高齢の身となった乾山が、慣れ親しんだ京都・鳴滝の自然を懐かしんで描いたものと思われ、東山には霞がかかり、いろいろな花が春の野山に咲き乱れています。

 

「展示室に1歩入ったときから、室町の空気、古(いにしえ)の時間を感じてもらいたい」との高橋館長の想い通り、展示室内は静寂な空気に包まれていて、外界とは違う世界の広がりを感じます。解放感を感じさせる高い天井と、展示室の大きな1枚ガラスの向こうの作品群が、瞬時に来館者を中世へと誘うのです。
国宝や重要文化財など、名品は特に何もしなくても注目を集めますが、所蔵品が1200点もあると、名品と言われる作品以外のものも多いのが実情です。「歴史で語られていない作品でも、1つひとつが存在を主張しています。作品は形を残してくれるけど、何も語らないので、そこに言葉をつけるのが私の仕事」という高橋館長。そのため、作品が生まれた時代背景、ストーリーが、展示品すべてにやさしい言葉で記されています。まるで学芸員の方が横に付いて解説してくれているかのようなわかりやすさで、作品への理解が深まり、敷居が高いように思っていた水墨画への距離も一気に縮まります。じっくり読み進めていくと、小さな美術館なのに自然と滞在時間が長くなり、いつのまにか中世の世界にどっぷりと飲まれているのです。

 

知らないと入りづらい通りですが、美術館に隣接する正木記念邸に続いています

 

一服のお茶もいただける正木記念邸

 

中世の世界を楽しんだ後は、美術館に隣接する正木記念邸へ。講演会や茶会も行われる記念邸では、受付で申し込めば、お茶をいただくことができます。庭を散策したり、腰かけてのんびりしたり、美術館とはまた雰囲気が異なる、穏やかな時間を過ごせる空間です。

 

和室に石が転がっていてビックリ。造形作家・友田多恵子氏の『石』作品も展示されている記念邸内。紙でできているので持ち上げると軽く、2度ビックリ

 

大阪の小さな町にある美術館ですが、1度訪れたら、またあの空気感に身を置きたくなる、誰かに教えたくなる魅力のある正木美術館。思い立ったらすぐに行ける都会にある美術館も良いですが、駅からのんびり歩いて小さな町の日常を見ながら、正木美術館を訪れてみてはいかがでしょうか。

 

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インフォメーション

正木美術館は、創始者の正木孝之(1895~1985)氏が長年収集してきた東洋美術品と、土地建物の寄付から財団法人を設立、昭和43(1968)年に開館した美術館です。所蔵品は絵画、書蹟、茶道具、仏像、工芸品など多彩な分野にわたり、国宝3件、重要文化財12件を含む約1200点の東洋古美術品を有しています。

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●アクセス

大阪府泉北郡忠岡町忠岡中2-9-26
TEL 0725-21-6000
南海本線「忠岡駅」より徒歩15分


http://masaki-art-museum.jp/

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