鰹節

 

日本で一番硬い食べ物は何か、と問われると、筆頭に出てきそうなものが鰹節。これより硬い食品はなかなか思い浮かばないのではないでしょうか。日本国内はもとより、世界にもこれほどに硬い食品があるのでしょうか。

 

鰹という魚、日本人には長いつきあいがあり、縄文時代の遺跡からも食べていた痕跡が見つかっています。これを材料につくる鰹節の原形と思われるものは、「古事記」に「型魚」が登場します。また、「大宝律令」や「養老律令」「延喜式」には「堅魚」、「煮堅魚」、「堅魚煎汁(かたうおいろり)」などの名が記載されています。さらに、トカラ列島には、「素干し」品であるが「かつほぶし」と書かれた最古の記録が残されています。

 

神社本殿の屋根などに見られる部材で棟飾りの一種を千木(ちぎ)、または鰹木・堅魚木(かつおぎ)と呼んでいるところからも、そもそも鰹が昔から重宝され、神へのお供え物として大切にされてきたことが想像できます。朝廷への献上品でもあったようです。

 

今日、私たちが知っている燻煙による鰹節の加工方法(燻乾法)が開発されたのは江戸時代中期のことでした。それまでは、煮た鰹を天日と火熱で乾かす方法(焙乾法)がとられていました。

 

燻煙加工は紀州の印南浦(現在の和歌山県印南町)出身の甚太郎という漁民が延宝2年(1674年)に、土佐の宇佐浦(現在の高知県土佐市)で初めて行ったと伝えられています。

 

今日、行われる鰹節づくりの一例を紹介しましょう。
原料の鰹を三枚におろし、そのおろした身を煮籠に入れて、1時間ほど煮た後に冷やして、骨抜きしてから底を簀子張りした木の箱に数枚重ねて入れ、焙乾室で薪を燃やしていぶし、乾燥させます。この焙乾ではまず85℃で約1時間、5日間続けます。このあと火を弱めて、さらに数回繰り返します。そして、最後に3,4日間、日光で乾燥すると荒節(あらぶし)が得られるのです。

 

そして、ここから先が日本人の驚くべき知恵の見せ所。荒節を舟形に整形削りをし(これを裸節という)、これを4,5日間日光で乾かしてからカビ付け用の樽や箱に入れて密封します。この中には麹カビの一種の胞子が多数生息していて、裸節を入れておくと2週間もすると表面にはカビが密生します(一番カビ)。

 

これを取り出して乾燥させ、カビを刷毛でこすりとり、再びカビ付けの容器に入れます。2週間ほどすると、またカビが密生します(二番カビ)。このあと同様に繰り返して三番、四番カビを付け、最後に十分乾燥して製品ができあがります。

 

さて、鰹節は叩くとキンとか、カンと甲高い音がするくらい硬いのですが、その秘密はこのカビ付けにあるのです。単に乾燥しただけでは、表面は乾いても内部まで硬くならない。また焙乾しただけでは、乾燥にムラが生じて削るうちにボロボロと崩れてしまう。

 

だが、ここにカビ付けすることで、節の表面で生きようとするカビは、繁殖するために水分を必要とするから、節内部から表面に水を吸い上げて生きる糧に利用するのです。おかげで節の内部から理想的な形で水分が除かれ、硬く乾燥するのです。

 

その上、カビが生成した脂肪分解酵素は節の脂肪を分解し、脂肪の酸化による品質劣化を防ぐ。また、タンパク質分解酵素は、節のタンパク質を分解して、うま味のもととなるアミノ酸を生成、同時にカビが作りだしたイノシン酸と連携し鰹節特有のうま味を私たちに与えてくれるのです。

 

カビは湿度が高い環境を好むので、乾燥気候型の西欧にカマンベール・チーズなど一部を除いては、カビ食文化は見られません。日本は湿度が高いので、目に見えないカビを巧みに利用して、驚くべき知恵の結晶を数々発明してきました。鰹節はそうした麹カビの食文化の代表例なのです。

 

【参考資料・web】

「食と日本人の知恵(著:小泉武夫)」岩波現代文庫
鰹節博物館HP