梅干し

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6月から7月になると、梅干し用の梅の収穫があちこちで始まりますが、昔、四角い弁当箱のご飯の中に梅干し1個を埋め込んだ質素なランチがありました。日の丸弁当と呼ばれ、粗食な日本人の食生活の象徴でもありました。この紅い小さな玉が日本人の食と健康を長い間支えてきたのです。

 

梅は中国産のバラ科サクラ属に分類され、薬木として奈良時代に渡来しました。武士は出陣や凱旋の兵糧として、家庭では常備品として、大切に食べ続けられてきました。

 

梅は塩漬けにすると食塩の作用で浸透圧が高くなり、梅の実から浸出液が出てきます。これが梅酢で、平安時代の辞書には“塩梅(えんばい)”とあり、これがやがて「あんばい」と読まれて味加減を意味するようになりました。この梅酢、当時はとても大切な調味料であったようです。

 

塩漬けした梅には、途中で紫蘇の葉を加えて着色し、盛夏の頃、梅酢から一度出して日干しし、もう一度戻して梅の肉が軟らかくなったところで梅酢と分けて、容器に保存して味をならします。梅干しの強い酸味はクエン酸などで、この有機酸は現代医学でも整腸作用や食欲増進、殺菌作用があるとされています。

 

梅干しの薬理作用を経験的に知っていた日本人はこれを上手に活用してきました。疲れると疲労回復にと食し、風邪の時には湯に溶いて飲み、食あたりには下痢止めに良いと飲ませ、夏バテ防止にはしゃぶり、つわりに良いと妊婦が好んで食した。食べ物が腐りやすい時期には弁当やおむすびに入れて防腐効果を期待した。このように梅干しは何でも効く万能薬のような存在でした。

 

これらの薬効は梅干しから溶け出る有機酸の他に、種子の核や紫蘇の葉から溶出した香りを伴う薬効成分のおかげ。これらの化合物が先ほどの症例の他に、鎮咳、解熱、利尿、健胃、解毒、精神安定などに効果があるのです。

 

単に梅を塩に漬けただけでなく、そこに紫蘇を加えて着色させることで、見た目を良くして、同時に紫蘇の鎮咳、健胃、解毒、防腐効果なども併せて期待した日本人の知恵には驚かされます。

 

梅干しの都合の良いところは、何といっても長期間の保存がきくこと。そして、いつ、どんな時でも梅干し1個でご飯が食べられるところからとても重宝され、日本人を常に守ってきました。

 

万能薬のような梅干しが、1000年以上の歴史を経て食事が豊かになった今も、食卓にあるなんて、とても不思議でロマンチックですよね。

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【参考資料・web】

「食と日本人の知恵(著:小泉武夫)」岩波現代文庫
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