「伊勢茶」

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美肌茶房では編集スタッフが実際に食品の産地を訪ねて、生産者に会い、食品が作られる現場をレポートしてまいります。第一回目は「伊勢茶」の産地、三重県です。

なぜ佐伯先生は伊勢の煎茶を選んだのだろう?
今回、美肌茶房から発売されるお茶6品の中に「伊勢の煎茶」があります。これは全国のいろんな煎茶を佐伯先生が実際に飲み比べして自ら選びました。私たちスタッフは先生が数ある煎茶の中から伊勢茶を選んだ理由がよく分からず、正直なところ腑に落ちていませんでした。

“お茶処と言えば一番は静岡でしょ。京都にも老舗のお茶屋が多いよね”
“先生の故郷は滋賀県だし、三重が隣の県だから?”
“それにしても、なぜ伊勢茶なの?”

こうした疑問から伊勢茶のふるさと、三重県を私たちは訪ねることになりました。

三重県の特産品といえば伊勢エビや松坂牛が真っ先に思い浮かびますが、お茶の生産量も実は多く、静岡県、鹿児島県に次ぐ国内第三位の生産量を誇る一大茶産地です。中でも「かぶせ茶」の生産量は日本一。かぶせ茶とは玉露と煎茶の中間にある、両方の良さを兼ね備えた関西地域ではよく知られたお茶です。玉露のような旨味や甘味があり、同時に煎茶らしい風味も感じられるお茶好きには堪らない贅沢なお茶です。年間平均気温が14~15℃と温暖なお茶作りに適した土地で、古くからお茶栽培が行われてきました。 その三重県で生産されるお茶が「伊勢茶」という銘柄で、県や地元茶業関係者は「伊勢茶ブランド」として全国的にもっと知られるよう熱心に取り組んでいます。

私たちは今年の2月、三重県亀山市のお茶生産者・宮崎直紀さんを訪ねました。亀山市は大手電機会社の「亀山工場」があることで知られていますが、江戸時代は東海道の宿場町、城下町として栄えたそうです。亀山市内の小高い山に「中の山パイロット」という開墾された農地が広がっています。全体が約88haという広さで、地元の茶農家の方々がそれぞれにお茶を栽培しています。

訪問当日、私たちは宮崎さんの先導のもと傾斜のある道を自動車で上って行きました。どこに茶畑があるのかしばらく不安でしたが、突如、広大な茶畑が眼前に現われ本当に驚きました。国道を走っていてもほとんど分からないのですが、切り開かれた山あいに北海道にある美瑛の丘のような少し高低のある茶畑が目に飛び込んでくるのです。この時、ここが全国有数の茶産地であることに初めて納得できました。宮崎さんはここに8haの畑をお持ちで、そのうち1~1.5haで毎年お茶を栽培しているそうです。ここで栽培した茶葉を原料に、ご自宅に併設された工場で製茶まで行っています。

宮崎さんは親の代から茶農家だったのではなく、ご自分でいろいろ研究してお茶作りに取り組まれた方でキャリアは約30年。5月上旬の八十八夜の頃に一番茶を収穫し、6月20日頃に二番茶を、そして10月には秋冬番茶と、年3回の収穫で、年間のお茶生産量は約1万kg。茶樹はやぶきたが中心で、他にもかなやみどり、おくみどりなども栽培しています。季節はずれの2月でしたが、少し肌寒い茶畑や工場で、私たちにお茶作りのことを熱心に教えてくださいました。

「お茶は葉より軸が美味しいので、軸が太いお茶ができるよう考えています。」

お茶を買ってくれた人が、お茶を淹れて飲む瞬間を思い描き、愛情込めて茶畑を手入れする宮崎さんの姿に、お人柄と同じ誠実なモノ作りを実感した一日でした。

伊勢茶は最近、専門家の間でも注目されているブランドです。古くからの味や製法に囚われずに、かぶせ茶の技術を活かして旨味や甘味が強調された言わば進化した煎茶も登場しています。佐伯先生が伊勢茶を選んだのは、こうした味のやわらかさが理由であろうと思いました。

歴史ある産地で、安全で安心なお茶作りへ向けた産地全体での取り組み、生産者一人ひとりの丁寧な仕事。一杯のお茶に、作り手の情熱がたっぷり注がれていることがよく分かりました。

 

お茶作りを熱く語る宮崎さん、お話しは尽きませんでした。

 

「冠山茶の木原」は伊勢茶の歴史を語る史跡です。空海が中国より持ち帰った茶の種を地元の住職がここに蒔いたのが、この地の茶業の始まりと伝えられています。

 

「足見田神社(四日市市)」では毎年4月末に茶業の振興を祈願する新茶まつりが開催されます。そこでは「冠山茶の木原」から摘んだ香り高い一番茶を奉納する献茶式が行われます。