鎮護国家の願いを込めて聖武天皇が国力を尽くして創建された東大寺、神亀5年(728年)に皇子の菩提を弔うべく若草山麓に建立した金鐘寺(きんしゅうじ)をその起源としています。その後、国分寺に指定されて金光明寺に改名、のち天平15年(743年)に発願された大仏造立の詔を経て、本格的に鋳造の開始された頃には現在の東大寺という名称が一般に使用されるようになりました。そして天平勝宝4年(752年)にはおよそ260万人が関わる難工事のすえ、大仏の鋳造が終了、天竺(インド)より菩提僊那(ぼだいせんな)を導師として招いてその年盛大に大仏開眼供養会が実施されました。
大仏殿。1952年に国宝に指定
盧舎那仏(右)。宇宙の真理を全ての人に照らして悟りに導く仏だとされています。画像左側に虚空蔵菩薩像でその反対側には如意輪観音菩薩像が鎮座しています
一般に奈良の大仏さまとして知られる盧舎那仏像(るしゃなぶつぞう)ですが、見てまさに圧巻としか形容のしようがありません。周囲70メートルの基壇上にどっしり鎮座する像高14.98メートル、顔幅3.2メートルの巨大な大仏さまが、殿に入った私の眼前に迫り、思わず後ずさりしてしまうほどの圧倒的なインパクト。これほどまでの類まれな圧力と威光を携えた大仏さまには、日本広しと言えどなかなか出会えるものではありません。もちろん1300年近い歴史を誇る大仏さまですから多々損壊の目立つ部位はあり、実際、治承4年(1180年)と永禄10年(1567年)には共に兵火によって甚大な焼損を被る憂き目に合っています。ですがそのたびごとに時の権力者の支援により復興され、体は鎌倉時代に頭は江戸時代に補修され今に至っています。しかし台座や袖や脚など一部に建立した天平時代オリジナルの部位も残っているようですので、とにかく御前に立って霊験あらたかなパワーを全身で感じてみてください。
中門。入母屋造の楼門で享保元年(1716年)ごろの再建建築
転害門。激しい戦火にも耐えて焼け残った奈良時代の建築様式を今に残す門
そして何も圧巻だったのは盧舎那仏のみではありません。大仏さまが鎮座する大仏殿も負けず劣らず参拝者の心を鷲掴みにする神々しい気配に満ち溢れています。現存の大仏殿は、創建より2度の焼失復興を経て江戸時代に再建されたもので高さ46.8メートル、間口57メートル、奥行50.5メートルにも及ぶ世界最大級の木造建築。宋の建築様式を取り入れ成立した大仏様で組まれていることから、その特色である水平方向への貫(ぬき)の多用を見ることができます。また広い殿内には盧舎那仏以外にも多聞天像や広目天像など多種の仏像が据えられ、それらは全て一般でも写真撮影は自由(三脚はNG)ですので、焼き付けた脳裏の映像をしっかり形としても残しておきましょう。
行基堂。東大寺の創建に尽力した行基の肖像を安置する堂
二月堂。本尊は大観音(おおがんのん)、小観音(こがんのん)で何人も見ること叶わない絶対的秘仏とされています
さて大仏殿から回廊を通って中門より出ると、入る前と同様、伸びる参道には学生やファミリーや国籍問わずの旅行者で賑わいを見せていました。そしてこの賑わいは遠くぼんやり聳える寺の玄関口南大門まで続いています。その南大門へ向かって歩いていると脇に並ぶ露店に人が列をなす中、瞳を濡らして物欲しそうに人の側にたたずむ鹿群れの多いこと。応えて笑顔で煎餅を与える人と鹿の交わりはまさに東大寺特有の景観でもありますね。
法華堂(三月堂)。転害門同様、東大寺に残る数少ない奈良時代建築の1つ
南大門
国宝である南大門は入母屋造の五間三戸二重門で、高さが基壇上25.46メートルに達するわが国最大の山門であるとされています。残念ながら創建当初の門は応和2年(962年)の大風で倒壊してしまいましたが、鎌倉時代の正治元年(1199年)に俊乗房重源が大仏様の建築様式によって再建し今に至ります。さらに門に安置された木造金剛力士立像にも注目してみましょう。高さ8.4メートルにも及ぶこの巨大な像は、建仁2年(1203年)にわずか69日で造られたとされていますが、実は他のお寺ではなかなか見られない際立つ2つの特異な点が存在しています。一つに従来金剛力士像は正面を向いた状態で聳えているのが常ですが、東大寺の金剛力士像はお互い内側で向かい合っています。これは風雨による劣化を避けるためにそうした立ち位置に据えたとの説があります。さらに従来、金剛力士像の安置方法としては右に阿形(あぎょう)、左に吽形(うんぎょう)を据えるのが一般的とされていますが、東大寺のそれは左右が逆になっています。諸説あるようですが、天平時代まで位置については厳格な規則はなく自由に配置してもよかったようで、創建当初のものもおそらくは阿吽の位置が逆だったのではないかと目されています。
ヤ阿形。運慶と快慶が小仏師13人を率いて造った像
吽形。湛慶と定覚が小仏師12人を率いて造った像
東大寺境内では、おおよそ南大門を抜けて中門をくぐり大仏殿へと至る直線の参道に人が集中し、それ以外のスポットでは人の数が実に7割ほどの減になっています。大仏さまを見て満足されてしまうのでしょうか。しかし広い境内、他にも日本初の正式な授戒の場である戒壇堂(かいだんどう)や東大寺建築のなかで最も古い法華堂、さらには小高い場所に建ち、眺めば奈良の町を一望できる二月堂など見るべきスポットが多々ありますので、参詣に来られたならばぜひとも境内隅まで巡り、大仏様以上の価値あるインパクトを探し体感してほしいものです。
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アクセス
奈良県奈良市雑司町406−1
TEL 0742-22-5511
JR大和路線・近鉄奈良線「奈良駅」より循環バス「大仏殿春日大社前」下車徒歩5分または近鉄奈良駅から徒歩約20分
http://www.todaiji.or.jp/index.html
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