吉川英治と杉本健吉の交流の軌跡をたどる〜杉本美術館「杉本健吉 人生の師〜吉川英治展」

本展チラシ。掲載されているのは、杉本健吉による「吉川英治肖像画」(油彩画)

 

愛知県知多郡美浜町の杉本美術館で、12月28日(金)まで「杉本健吉 人生の師〜吉川英治展」が開催されています。日本を代表する洋画家である杉本健吉は、吉川英治の大河小説『新・平家物語』をはじめ『私本太平記』『新・水滸伝』の挿絵も担当し、吉川英治を「人生の師」としていました。本展では、吉川英治記念館(東京都青梅市)の協力を得て、吉川英治と杉本健吉の交流の軌跡を展示しています。

 

杉本美術館外観。本館のレクチャールームからは伊勢湾を望むことができる

 

杉本健吉は明治38年(1905)名古屋市生まれ。同市の愛知県立工業学校図案科を卒業後、岸田劉生に師事し、平成16年(2004)に98歳で亡くなるまで意欲的に創作活動にあたりました。洋画にとどまらず挿絵やデザインの分野でも活躍しており、とくに名古屋で多くの作品を目にすることができます。例えば、名鉄パノラマカーや名鉄タクシーのカラーリング、名鉄百貨店のロゴ、名古屋市交通局のマーク、「青柳ういろう」で知られる青柳総本家のマークなどがそうで、どれも市民にとって身近なものばかりです。

 

一方、吉川英治は明治25年(1892)横浜で生まれました。父親の事業の失敗などで苦難の青少年時代を送り、30歳を過ぎてから、本格的な作家としての活躍をはじめます。まもなく、誰しもが愛読できる“大衆文学”として花開き、『鳴門秘帖』などで人気作家の仲間入りを果たしました。そして戦前に発表した『宮本武蔵』でさらに幅広い読者層を獲得し、人気は不動のものに。戦後は『新・平家物語』『私本太平記』『新・水滸伝』などを発表しました。これら戦後作品の挿絵を担当したのが、杉本健吉です。

 

吉川英治は、その作品のなかにも散見されるように、青少年時代の苦難がかえってその人間性を高めたと思われるような、人間愛や家族愛にあふれる人だったと言われています。挿絵を通して交流を深めた杉本健吉も、作品や才能だけでなく、そうした人間性に強く惹かれ尊敬していたようです。

 

展示室1の入口。入口両側に置かれた“あうん”の狛犬は、杉本健吉作(習作)

 

本展は、本館3つの展示室を使って構成。初めの展示室1では、まず吉川自身による書や絵画が数多く展示されています。小説家の「余技」とは思えない、どれも見事な趣のあるものばかりです。また、対面にある『宮本武蔵』のコーナーに感銘を受ける人も多いことでしょう。『宮本武蔵』に限らず、吉川作品の多くが映画やテレビドラマ、演劇、コミックなどになっていますが、それらに関する展示にも非常に興味をそそられます。ずらりと並ぶコミック、DVD、映画のポスターなど「ああ、これ観たことがある」「読んだことがある」というのが見つかるのではないでしょうか。英語や中国語、フランス語、ドイツ語、ブラジル語など各国で翻訳されていることにも、改めて驚かされます。

 

広々とした展示室1。落ち着いた雰囲気のなかで鑑賞できる

 

書籍やDVDなどが並べられた「さまざまな宮本武蔵」のコーナー

 

続く展示室5は、こじんまりした和の空間。「吉川英治 人生の言葉」として、やはり自身による書画を展示しています。吉川は小説のなかではもちろん、普段から短歌や俳句といったかたちでも、さまざまな言葉を残しました。それらを読んでいると、人柄や当時の心情が見えてくるようです。

 

展示室6では、いよいよ『新・平家物語』を中心とした展示に。『新・平家物語』『私本太平記』『新・水滸伝』の初版本や原稿、杉本健吉による挿絵原画など、貴重な資料を観ることができます。吉川英治の作品は大作ぞろいで、例えば『新・平家物語』の原稿枚数は1万3000枚以上あり、書籍も複数の出版社から単行本・文庫本が出されているため、その量は膨大です。しかし量だけでなく、原稿への加筆修正一つを観ても作品への思い、真摯な姿勢が伝わってくるようで、思わず息をのんでしまいます。

 

展示室5。普段は企画展示室として「墨絵」などのテーマを設定し、各分野の作品を順次展示

 

展示室6。吉川と杉本が取材旅行に出かけた際の写真もあり、2人の関係が伝わってくる

 

72枚もの挿絵が貼られた「新・平家物語屏風」。合間に植物画があるのも特徴

 

吉川英治と杉本健吉との交流は12年ほどとはいえ、非常に濃い、互いの人生を凝縮したものでした。吉川が昭和37年(1962)に70歳で亡くなったとき、杉本が描いた「涅槃図」にそれがよくあらわれています。横たわる吉川の周りを幾重にも取り囲む『新・平家物語』など作品の登場人物たち。「先生の周りにいるのは先生の生み出した物語の人物でもあり、また全国の愛読者の姿でもあるのです」とする杉本自筆の詞書も添えられており、彼の吉川に対する敬意や愛情がしみじみと感じられます。

 

何度も加筆修正されている吉川自筆の原稿

 

全集などこれまでに出版された単行本が並ぶ。真ん中に見える掛け軸が「涅槃図」

 

インフォメーション

杉本健吉は常々「芸術作品は“パブリック”なもので、個人の収集家によって死蔵されてはいけない」という思いを強く持っていました。杉本美術館はこの信念のもと、杉本の個人美術館として昭和62年(1987)4月に開館。平成6年(1994)4月には新館もオープンしました。絵画をはじめ陶芸や木工など、杉本の生涯にわたる芸術作品を中心に約9,700点を収蔵しています。本館には2つの常設展示室と企画展示室のほか、和室「杉庵」など。新館は3室からなり、中央の展示室は「両界曼荼羅」「空海像」を展示する特別設計です。

 

●アクセス

愛知県知多郡美浜町美浜緑苑1-12-1

TEL 0569-88-5171

名鉄知多新線「美浜緑苑」駅から徒歩7分

詳しくは、下記オフィシャルサイトをご覧ください。

http://www.meitetsu.co.jp/files/sugimoto/