禁足地に秘められた神話「石上神宮」

飛鳥から奈良へと通じる日本最古の古道「山の辺の道」の途上に石上神宮(いそのかみじんぐう)は位置しています。小高い布留(ふる)山の麓にあるためか、境内は豊かな自然に覆われ、視界には常緑の木々が美しく、耳にも布留川のせせらぎが。
水と葉っぱの香が静かに鼻腔をかすめる中、歩く鏡池の畔には幾羽もの鶏が多種にわたって散見され、それら神の使いとされる鶏が元気に駆けまわる姿というのはまさに石上神宮ならではの景観といったところでしょう。

 

神杉と大鳥居

 

石上神宮には現在およそ30羽の鶏がいます

 

長鳴鶏(ながなきどり)の一種とされている東天紅(とうてんこう)を目で追っていると、巨大な杉の木が目に入りました。神杉と称されるこの巨木、幹周りは3.4メートルで高さがおよそ30メートル、その樹齢は350年を超えているのだそうですが、目を転じれば大鳥居の側にも天に向かって成長したもう一本の神杉が確認でき、こちらは幹周り4.1メートルに、高さが35メートルで、その樹齢はおよそ400年にも及んでいます。
ちなみに万葉集にもこの神杉は歌われており、以下の有名な話が今に伝わっています。川で洗濯中の女の元へ上流から次々と障害物を切断しながら流れてきた一本の鋭い鉾が、女の洗いすすがれた白い布の中へと流れ込むも、不思議とこの布だけは切れずにすっぽり鉾は収まって、これを神様のなせる技であると信じた女は畔にその鉾を埋めて祀るや間もなくその地より杉が芽生えた。これが神杉発祥の所以となったのに加えて鉾が布を切らずに中に留まった不思議な事象から地名である「布留」の名もここから生まれたものだとされています。

 

烏骨鶏(うこっけい)に導かれる形で境内奥へと進んでいくと向かって左手に文保2年(1318)に建立された楼門が見えてきます。正面上方には山縣有朋の筆とされる「萬古猶新(ばんこゆうしん)」の木額が掲げられ、それを仰ぎ見ながら門を抜けると現存最古とされる拝殿が(国宝)。その奥の本殿には主祭神として布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)、布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)、布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)の3柱が鎮座しています。今でこそ拝殿から本殿に礼拝する形をとっていますが、実は大正時代に入るまでこの地に本殿はなく、代わりに石上布留高庭(いそのかみふるのたかにわ)と称する霊域へ頭を下げることになっていました。似た所では日本最古とされる大神神社も、本殿にではなく後方に聳える三輪山に向かって礼拝する形をとっていましたね。
ならば大神神社でもそうしたように、同じく日本最古を冠する当神宮の神話も詳細に見ていくことで石上布留高庭の謎を一気に紐解けるかもしれません。

 

楼門。文保2年(1318年)に建立されました

 

拝殿

 

布都御魂大神の名の由来は国土平定に偉功をたてた神剣「韴霊(ふつのみたま)」に宿る霊威を称えたもの。韴霊とは国譲りの神話に登場する武甕雷神(たけみかづちのかみ)が手にしていた剣で、神武東征の折には、剣に秘められた不思議な力で天皇の危機を救った武具だとされています。窮地を脱した神武天皇はその韴霊をおおいに称え、物部氏の祖である宇摩志麻治命(うましまじのみこと)に命じて宮中に一時祀り、やがて崇神天皇7年(石上神宮の創始)の頃には、同じく物部氏の伊香色雄命(いかがしこおのみこと)が勅命を受けて、石上布留高庭に韴霊を移し祀りました。

 

その石上布留高庭は長らく何人も足を踏み入れてはならない禁足地として存在していました。それが明治7年(1874)石上神宮の大宮司であった菅政友(かんまさとも)が官許を得て調査を開始、すると土中から玉や剣や矛などの宝物が多数出土すると同時に韴霊も発見され、それまで噂されていた伊香色雄命は土の中に韴霊を埋めたのではないかとの伝承が悠久の時を経てようやく確認された形となったのです。やがて韴霊を祀るべく、北側に禁足地をやや拡張、東西44.5メートル、南北29.5メートル、面積約1300平方メートルに膨らんだ場所に大正2年になって初めて本殿を据えたのでした。ちなみに韴霊が出土した場所には今でも大きな石を置いて標示してあるのだそうです。

 

それでは最後に石上神宮の摂社に足を向けてみましょう。摂社の出雲建雄神社(いずもたけおじんじゃ)はその名の示す通り、草薙剣(くさなぎのつるぎ)の荒魂(あらみたま)である出雲建雄神を祀った神社。石上神宮が南に向いているのに対し、出雲建雄神社は西側を向いている他、その拝殿は二つに分けた建物の中心を通り抜けることが可能な割拝殿という珍しい建築様式で造られていることから、国宝に指定されています。

 

この先、禁足地。石製の瑞垣(みずがき)により取り囲まれた場所を言い、葉群れの先にうっすら見えるのが神庫

 

出雲建雄神社

 

その隣には摂社の天神社と七座社が。非常に小さい社ですが併せて9の神様が祀られており手を合わせることで禍や穢が取り除かれるご利益があるようですので、禁足地に秘められたエピソードを追った後は忘れず摂社にも参ってみてくださいね。

 

諸霊招魂碑。9月秋分の日にこの碑の前で、ここに鎮まる諸霊に対し、お祭りが執り行われます

 

万葉歌碑。柿本人麻呂の歌「未通女らが 袖振山の 瑞垣の 久しき時ゆ 思ひき吾は」と刻まれています

 

アクセス

奈良県天理市布留町384
TEL 0743-62-0900
天理駅より奈良交通バス苣原行き乗車、「石上神宮前」下車徒歩5分
http://www.isonokami.jp/