抽象芸術の先駆者、フォートリエの全貌を紹介~豊田市美術館「ジャン・フォートリエ」展

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20世紀フランスを代表する画家の一人、ジャン・フォートリエの日本初の回顧展「ジャン・フォートリエ」展が、9月15日(月・祝)まで愛知県の豊田市美術館で開催されています。本展では、これまで紹介される機会の少なかった初期作品から、日本でも親しまれている晩年の作品まで、絵画のほか彫刻や版画など約90点を展示。フォートリエの魅力を余すところなく紹介しています。

 

ジャン・フォートリエ(1898-1964)は、パリ生まれ。ロンドンの美術学校で絵画を学び、1920年代前半からパリのサロンや画廊に出品するようになりました。しかし、経済的困窮から一時制作を中断。第二次世界大戦中にはレジスタント活動を疑われ、ドイツの秘密国家警察に逮捕されたこともありました。このような体験から生まれた作品が、のちに代表作となる「人質」の連作です。戦後、48点が個展で発表され注目を集めました。厚く盛られた独特な絵具の質感、悲劇を連想させる激しく歪んだ抽象的な人物像————これまでの絵画にはなかった斬新性、圧倒的な迫力が、人々を魅了したのでした。日本でも1956年に“アンフォルメル(不定形)”の作家の一人として紹介され、1959年にはフォートリエ自身が来日。日本の戦後美術に多大な影響を与えました。

 

「管理人の肖像」1922年頃 ウジェーヌ・ルロワ美術館蔵、トゥルコワン

 

「兎の皮」1927年頃 個人蔵 Photo: Patrick Goetelen

 

本展は、3つの章に分類・構成されています。第1章「レアリスムから厚塗りへ(1922-1938年)」では、日本ではあまり知られていない初期作品を展示。例えば、20代の頃に描かれた「管理人の肖像」は、フォートリエが当時住んでいたアパルトマンの管理人が写実的に描かれています。晩年の抽象画に親しんでいる人がみると意外に思えるかもしれませんが、この頃の作品からもフォートリエ独自の人間観をみることができます。管理人である老女の緑色がかった顔、紫色を帯びた手など、何とも言えない不思議な存在感や凄みが感じられるでしょう。

 

全体に暗い色調が特徴ですが、「黒の時代(1926-1928)」では一層重苦しいものに。裸婦をモデルにした作品は、どれも暗闇の中に裸婦がぼんやりと浮かび上がっており、そのスタイルも個別に大差無く土偶を連想させます。女性の頭部を描いた作品をみても、これまでとは違う“美”の基準を見せているかのようです。この頃から具象から抽象への移行がみられ、続く「羊の頭部」や「兎の皮」などでは、徐々に絵具の厚塗りが取り入れられているのも分かります。

 

「悲劇的な頭部(大)」1942年 パリ国立近代美術館 ©Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Droits réservés / distributed by AMF

 

「人質(人質の頭部 No.9)」1944年 大原美術館

 

第2章は「厚塗りから『人質』へ(1938-1945年)」。ここでは、第二次世界大戦での体験が大きく影響しています。戦争の渦中に描かれた「人質」連作は、極限状態にある人間の姿を何とか留めようとしたものです。下地がみえるかと思えば、その一方で肉片を思わせるほど厚く塗られた絵具。そして、それを人間の顔としてイメージさせようとするたどたどしい線描。そこには戦争、人間の暴力を暴き出そうとする怒りや、鬱屈した感情が込められています。でこぼこした独特の物質感や絵肌を、ぜひ実際に感じてください。

 

また、パステルの粉末をまいてつけた色にも注目です。例えば「人質(人質の頭部 No.9)」では、顔の上部の淡いピンクと下部のブルー。そこには相反するものが同居しており、温かさと冷たさ、ひいては暴力性と美しさ、生と死をもが伝わってくるようです。

 

    「人質の頭部」1944年 国立国際美術館

 

「オール・アローン」1957年 個人蔵 Photograph: Florent Chevrot

 

最後は、第3章「第二次世界大戦後(1945-1964年)」。戦後から晩年にかけての作品ですが、これまでと描き方に基本的な違いはありません。大きく変わったのは、きれいな色彩が加えられるようになったことでしょう。展示室がぐっと明るくなります。「オール・アローン」は、ジャズのタイトルが付けられた作品。ジャズ好きだったフォートリエが、そのしっとりとした調べに感動して制作したもので、激しい厚塗りと美しいピンク色が印象的です。また、鮮やかなブルーと無数に刻まれた線が心をとらえる晩年の「黒の青」は非常にポエティック(詩的)で、フォートリエの作品の中でも非常に人気があります。

 

没後50年で、ようやくフォートリエの全貌が紹介されます。フォートリエを知っている人には、新しい発見があるかもしれません。また知らなかった人も、数々の斬新な作品を十分楽しむことができるでしょう。

 

「黒の青」1959年 個人蔵

 

建物は、谷口吉生氏が設計。屋外には「髙橋節郎館」が隣接してあり、池と庭園も整備されている

 

髙橋節郎展」「ドイツとオーストリアの雑誌とデザイン」も開催されています。ぜひ、そちらにも足を運んでください。

 

*著作権許可番号:© ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2014 D0520

 

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インフォメーション

1995年11月にオープンした豊田市美術館は、小高い丘の上、「七州城」と呼ばれた旧挙母藩(現在の豊田市)の城趾に建っています。国内外の近・現代の美術をはじめ、デザインや工芸の流れと展開をたどることのできる作品を収集。これらにテーマを設けた常設展や斬新な企画展、常設特別展などを開催しています。モス・グリーンのスレートと乳白の磨りガラスで構成された外観、直線と矩形を基調としたミニマルな建築空間と、建物自体も非常にモダンで特徴的です。2014年9月16日から2015年10月9日まで(予定)、改修工事のため休館。その間、さまざまな館外活動を実施する予定です。

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●アクセス

愛知県豊田市小坂本町8-5-1
TEL 0565-34-6610
名鉄「豊田市」駅または愛知環状鉄道「新豊田市」駅下車、徒歩15分

詳しくは、下記オフィシャルサイトをご覧ください。
http://www.museum.toyota.aichi.jp/

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